☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 関野吉晴 × 高野秀行(ノンフィクション作家) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆






高野
 高野です。今日さっきまでですね、スーダン人の友達がいるんですけど、彼が交通事故で足を骨折してしまって、今、入院してるんですよ。その娘が、4月から保育園に入るので、面談があるって言うんです。それで、僕が代わりに行ってきたんですよ。保育園も、ムスリムの子供を受け入れるのが初めてで、園長先生はじめ、みんなすごく緊張しているわけです。豚肉を出してはいけないとか、コンソメを使わないようにとかを説明してきました。




関野
 映画に出てきた6人のインドネシア人もみんなイスラム教徒です。彼らは、航海で日本に着いた後、私の家に10日間くらい泊まったんですが、やっぱり食事が大変でした。例えば、彼らはチキンなら食べれるんですが、チキンカレーを作ろうとすると、ルーにラードが入ってるわけです。ラードが入ってなくても、豚エキスが入っている。



高野
 そうですね。だから、日本のカレーはだいたいダメで、ラーメンもダメですね。あと、アルコールも食品に結構入ってるんですよ。



関野
 アルコールはあんまり気にしないんじゃない?



高野
 いやダメですよ。(その友人に)買い物も、ときどき付き合わされるんです。旦那の方は、日本語ペラペラなんですけど、目が見えません。奥さんは、健常者なんですけれども、日本語が読めないわけですよ。そうすると文字がわからないんで何が入ってるかわからないじゃないですか。それで、「この味噌、アルコール入ってない?入ってるやつあるんだよ。」って聞いてきたんで、なんか、またこいつ勘違いしてるなと思ったんですけど、見たら結構入ってるんですよね。



関野
 スーダンとか、イランとかは、国の名前にイスラム・リパブリック・オブ・イランとか、イスラムの文字が入ってて、結構きついんですけど。スーダン人もイラン人も結構飲むもんね。



高野
 個人の問題も大きですよ。酒飲む人もたくさんいるし。
 インドネシア人クルーの皆さんは、お酒は飲まない人たちだったんですか?



関野
 飲まない人は一人もいませんでした(笑) でも村では絶対飲まないです。町とか、外では飲みますね。



高野
 ところで、出航になぜあの村を選んだんですか?



関野
 村を選んだというよりも、民族ですね。インドネシアは200以上民族があります。スラウェシという島の中でも、いくつか民族がありますが、マンダール人は「漁師ではあるけど航海師ではない」と周りから結構バカにされていました。マイノリティーにシンパシーを感じるので、だったらこの人たちとやろう、という気持ちがありました。
 でもそれ以上に、大きかったのは、いまだに帆船を造ってるということです。島の知事まで参戦するような、インドネシアで有名な帆船のレースがあって、今回のクルー達はそのレースで去年優勝もしています。

 高野さんは、海のほうは?



高野
 海は全然やってないんですよ。でもダウ船とか、やってみたいです。ソマリアの海岸線を旅してみたいと思うんですけどね。



関野
 海賊だらけだよね。



高野
 一瞬で捕まりそうですよね(笑)



関野
 我々の航海でも、マレーシアからフィリピン南部にかけて海賊がいて、海賊は物盗るだけで怖くないんだけど、アブ・サヤフっていうアルカイダと連携しているイスラムの過激派がいて、それはやっぱり嫌でしたね。そこは全然ヨットも通りません。いいカモですからね。






高野
 海軍が護衛でついてたんですよね?



関野
 マレーシアは海上警察だったんですけど、本当に危ないところは来ない(笑)海が荒れると、どっか行っちゃうとか。



高野
 ちょうどアブ・サヤフが出そうなミンダナオからマレーシアにかけてのところに、バジャウっていう海の漂流民がいますよね。あの人たちにすごく興味があって、僕もちょっと行ってみたいと思ってるんです。



関野
 旅の途中で一時解散したとき、残してきた船の様子をたまに見に行かないといけないのですが、その時に、しょっちゅうバジャウの人たちのところへ遊びに行って家船に乗っけてもらったりしていました。



高野
 そうですか。
 映画を見ていても、今の話をお聞きしても思ったんですけど、関野さんは現地の人とのコミュニケーションは、どういうふうにやっていますか?例えば、僕なんかは言語が好きなので、地元の言葉を覚えて話してみたりとかするんですけど。



関野
 行って、ぼけーっとしてます(笑)そうすると、なんかチャンスがあるわけです。
 一番印象的だったのは、初めて先住民の村に行った時に、スペイン語も通じないのでジェスチャーでなんとか泊めてもらったんですが、子ども達も誰も僕のところへ寄ってこなかったんです。村の年寄の女性たちへ、鏡とかマッチをプレゼントしようとしても、いらないと言われて…。ショックでした。しょうがないから、僕は、ひとりで歌を歌い始めたんです。日本の童謡とか知ってる歌をやたらとつなげて歌っていたら、子どもたちが寄ってきて、僕の前に正座して、真似して歌い始めたんです。どんぐりころころとか。そしたら、さっきのおばあちゃんが巻貝を持ってきて「食べなさい」と言ってくれました。



高野
 関野さんは、「時間」の感覚が普通の人と違う感じがしますよね。



  *** トークを終了せよとの合図 ***



関野
 「時間」がもう来ましたね(笑)





〔記事:尾崎香仁〕





対談者プロフィール

高野秀行
1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。

「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。
アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。

主な著書に『アヘン王国潜入記』『巨流アマゾンを遡れ』『ミャンマーの柳生一族』『異国トーキョー漂流記』『アジア新聞屋台村』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『西南シルクロードは密林に消える』『怪獣記』(講談社文庫)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)、『未来国家ブータン』(集英社)など。
『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で第一回酒飲み書店員大賞を受賞。
『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で第34回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。

最新刊は『恋するソマリア』(集英社)。